白いアルバムの老衰
White Albums Aging in the Test of Time

高橋聡太 Sota Takahashi

中古で取引されるものには、人の手をわたるうちにさまざまな痕跡が残される。古い文芸書に当時の新刊案内がはさまっていると、どんなものが同時代に読まれていたのか気になって、ついタイトルを追ってしまう。値崩れした学術書には多くの場合びっしり傍線が引いてあり、それが本の前半部で途切れていると、「ここで挫折したのか」と妙な親近感がわく。ゲームのカセットを中古で買っていた頃は、前の持主のセーブ・データが残っていると、そのまま開いてひとしきりどう遊んでいたのかを確認するのが好きだった。

文京区本郷のトーキョーワンダーサイトにて、2015/1/24〜2/22に行なわれた美術家のラザフォード・チャンによる展覧会『We Buy White Albums』は、LPレコードが中古市場で流通するうちにどのような変貌をとげるのかを提示する企画だ。タイトルにある「White Album」とは、解散寸前のビートルズが1968年に発売したアルバム『The Beatles』の通称である。リチャード・ハミルトンが手がけた本作のジャケットは、白一色の厚紙にバンド名をエンボス加工でのせ、シリアル番号をプリントしただけの、極めて簡素なデザインで知られている。

チャンは世界中で本作を買い集め、1,000枚以上ものホワイト・アルバムが揃う擬似的な中古レコード店を開いた。展示を構成するのは、スペースの中央に置かれたレコード棚と、壁面にディスプレイされたアルバムだ。形式上はレコード店で見慣れた光景だが、通常アルファベットやアイウエオの順が書かれる棚の仕切りにはホワイト・アルバムのシリアル番号だけがふってあり、もちろんそこにはぎっしり同作がつまっている。また、壁面にもチャンがコレクションから厳選した100枚のホワイト・アルバムだけが飾られている。

かつて機械的複製技術によって寸分違わぬものとして生産されたはずのジャケットの大半は、もはや「ホワイト」とは言えないほど日に焼かれている。さらに、コーヒーをこぼしたようなシミがあるもの、売り買いされるうちに何枚も値札が貼り重ねられたもの、持ち主によって大胆に油性絵の具で絵が描かれたものなど、47年の時を経てそれぞれが十人十色ならぬ千枚千色の容貌を獲得している。展示されている音盤は手にとって試聴することもできるのだが、保存状態によって音質はまちまちで、そもそもホワイト・アルバムの「オリジナル」が存在したのかどうかさえ疑わしくなってくる。

さらに興味深いことに、元来よりこのアルバムは一様なパッケージで流通していたわけではないようだ。日本ではいわゆる「オビ」と呼ばれるアルバム名やコピーが記された紙片が付され、ちょうど在廊していたチャン本人もこの「Obi(海外でもそう呼ぶそう)」の習慣を日本盤の特色として挙げていた。他の国にも変わった仕様の盤はないかと尋ねたところ、彼はレコード棚を漁ってアルゼンチンで発売されたホワイト・アルバムを差し出してくれた。その表面にはエンボス加工で「Los Beatles」とバンド名が表記され、スペイン語圏である同国の聴衆に向けて、あろうことか作者名そのものが改変されていた。

こうした経年変化や地域差はあらゆる音盤に共通するものだが、デリケートな純白の装幀をもつホワイト・アルバムは、それを明白すぎるほどに可視化させる。47年もの時間を1,000枚分のレコードがそれぞれに刻んできたことを思うと、一様に生産・流通・消費されると考えられているありとあらゆる機械的複製品が、実際にはそれぞれが刻々と個別の歴史を更新しているのだということにまで思考が及び、その時空の厚みに気が遠くなった。約900万枚を売り上げ、これからもビートルズの名盤として流通し続けていくであろうホワイト・アルバムは、今後も少しずつ変化し続け、LPレコードというメディアにとっての年輪のような機能を果たしていくのかもしれない。