テロに盾突く平和と愛とデスメタル
Challenging Terrorism with Peace, Love, Death Metal

高橋聡太 Sota Takahashi

2007年3月14日、バレンタインのお返しをする予定などまったくなかったぼくは、とあるロックバンドの来日公演に足を運んでいた。いかがわしい口ひげをたくわえたフロントマンのジェシー・ヒューズは、くだらない下ネタやジョークをたっぷり盛り込んだ底抜けにごきげんな楽曲を次々に繰り出す。単なるバカ騒ぎに終止するだけではなく、古きよきロックンロールをこよなく愛するヒューズの確かな実力と、サイドを固める腕利きのミュージシャンたちのアンサンブルが、骨太なうねりを生み出していた。ヒューズが曲間でグリースたっぷりの髪をクシで大げさになでつけるたびに歓声があがり、会場との一体感も充分。ぼくも気づけば最前列で歌い踊って大いに公演を楽しんだ。

気さくなメンバーは終演後も会場にとどまってファンと交流し、ぼくもたどたどしい英語でチケットの半券にサインをお願いした。初来日ということもあり集客はかんばしくなかったが、これほどの手応えを得たバンドならすぐにまた来てくれるだろうと確信したものの、予想は見事に外れ、彼らの再来日はそれから9年が経つ今も実現していない。それでも初来日公演が忘れられなかったぼくは、数年おきに発売されるアルバムを愛聴していたものの、いまだ日本での知名度はマイナーの域を出ることがないままだ。

だからこそ、「イーグルス・オブ・デス・メタル」という彼らの人をくったバンド名を、2015年11月13日にパリで起こった同時多発テロ事件に関する報道で目にしたときには心底驚いた。不幸にもテロリストが押し入ったのは演奏の真っ最中で、89名もの死者を出した被害規模はポピュラー文化史上でも類をみないものだろう。彼らのステージの熱量と陽気さを肌で知っている自分としては、この事件の凄惨さは過去にふれたどんなテロの報道よりも生々しく感じられ、身震いせざるをえなかった。

現代のテロは宗教や人種や国籍といった枠組を超えて切迫する。しかし、われわれはただ新たな局面に怖れ戦くばかりではない。イーグルス・オブ・デス・メタルは、今年に入ってから早くもパリで犠牲者を追悼するための凱旋公演を行っている。そこで彼らは特別なメッセージソングなどを披露するのではなく、シンプルな4カウントで始まる定番のスケベな曲を全力でプレイした。それは直接的なテロ対策にはなりえないが、いつもと変わらぬ乱痴気騒ぎを腹を決めて続けることこそ、不屈の精神を示すための最善の手段であると彼らは信じているに違いない。こうした戦術は、大衆的な文化をつうじてテロへの反骨心を共有するオルタナティブなネットワークを根付かせてくれるだろう。