科学家のテラス 13
Reflections from an Amateur Scientist 13

神里達博 Tatsuhiro Kamisato

▼イタコのお告げ
友人「X」が唐突に言い放った、「役人になれよ」の言葉に、私は虚を衝かれた。

昔からXは、「ちょっとおかしなこと」を言う男だった。きわめて思考力が高いはずなのに、妙に貧弱な語彙で一方的にまくしたてる独特の話法も手伝って、彼の話はなんだか荒唐無稽に聞こえたものだ。

だが、少し時を置いて冷静に考えてみると、彼の言葉は、事態に対してちょっと視点を変えることで、まさにブレークスルーをもたらすようなものが多かった。要するに「意外に役立つアドバイス」だったのだ。そのことに気づいている人もいて、彼の前でなにげなく自分の抱えている問題を披露したりすることがあった。そうすると彼は、虫★1の居所が悪くなければ、頼んでもいないのに即座に解決策を出してくる。だが、それは決して「相談」とか「議論」といったものではない。あたかも、彼の体の中に突如生じたマグマ★2が吐き出されるがごとく、時には暴力的なまでに、彼の信じるところの「正しい判断」が一方的に開陳されるのである。

私は後にも先にも彼のような人物に出会ったことがないが、今思えば、あれは一種の「イタコの口寄せ」のような現象、つまりシャーマン★3的な人格だと理解すべきだったのかもしれない。

そういうわけで、あの銀座ナインの店に戻ろう。

「なに言ってんだよ、俺は理系だから関係ないだろ、霞が関は」 私は、すぐに返した。

すると彼はすぐにしゃべり始める。「関係なくねぇよ、おめぇわかってねぇなあ、霞が関には理系出身の官僚がたくさん働いてるぞ。建設省、農水省、通産省、郵政省、結構いっぱいいてよぉ、やってることは文系出身とおんなじだ」

「でも理系じゃ法律とか経済政策とかわからないだろ?」

「そうでもねぇよ。オン・ザ・ジョブ・トレーニングってやつだろうな。みんな予算とか国会対応とか、全部やってるぞ」

「それ、理系でも”キャリア”っていうの?」

「国家I種受かってりゃ、同じだべ。だから課長級くらいまではだいたい行くんじゃねぇのか?ただ、そっから先は技官でも行けるポストとそうじゃないのとが、ある。役所によっても違うだろうな」

「へー、そういうもんなんだ……」

「まあ技官出身だとトップまではなれねぇかな。あ、でもよぉ、一つだけ理系でも事務次官になれる変わった役所があるぞ」

「それどこ?」

「カガクギジュツチョーだ。そうか……これで決まりだな。おめぇ公務員試験の準備始めろよ。試験は5月だから、もう時間ねぇぞ。そうだ、今ならギリギリ本屋も開いてるからよぉ、このまま問題集買いにいこうぜ。俺がちゃんと選んでやるから安心しろよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、そもそも俺は役人になるなんて言ってないぞ!」

「なに言ってんだ、可能性は広げておいて損はないぞ……あ、すみません、お勘定、お願いしまーす!」

なんだかよくわからないまま、私は彼に引っ張られ、気づくと夜の新橋駅に向かっていた。(つづく)

Endnote:
1 「虫が好かない」「虫の知らせ」など、「虫」を使う慣用句は多い。その「虫」の正体は何なのか。実は、道教に由来する「三尸(さんし)の虫」のことである。この虫は普段、人体の各所に潜んでその人物を監視しているが、60日に一度の「庚申(かのえさる)」の夜、寝ている間に身体から抜け出し、「天帝」にその者の行状を逐一報告すると信じられていた。余計なことを神様に通報されてはたまらないと考えた人々は、「庚申講」と呼ばれるグループを作り、その夜に集まって徹夜をし、三尸が身体から抜け出さないように対策を打ったという。

★2 地下に存在する、溶融ないし半溶融した岩石や揮発性物質の混合物。地球以外の岩石惑星や衛星にも存在することが予想されている。火山の地下には「マグマだまり」と呼ばれる滞留域があり、なんらかの理由でそこからマグマが吹き出す現象が噴火である。そこから転じて、蓄積した不平不満や、危険な要素や動きのことを表現する言葉として使われる場合もある。ちなみに手塚治虫(1928-89)は「マグマ大使」(1965-67)という作品を描いている。これは、地球を侵略しようとする宇宙の帝王「ゴア」と戦うため、地球自身が「ロケット人間」なるマグマ大使を生み出した、という一風変わった設定であった。そこにはガイア理論的な発想が見てとれるだろう。また「人間もどき」という一種のエイリアンも登場することで知られている。

★3 トランス状態に入ることで超自然的な存在と交流する役割を担った者。世界各地に見られる。邪馬台国女王の卑弥呼が行ったとされる「鬼道」も、シャーマニズム的行為であったと言われている。さまざまな宗教と深く関わりを持つ。