科学家のテラス 17
Reflections from an Amateur Scientist 17

神里達博 Tatsuhiro Kamisato

▼こういうの、すげえ面白いじゃん
「何の優先順位?」私は問うた。
「もちろん、志望する役所だべ」友人Xは答えた。
「同時並行で回れないの?」
「まあ、そこは色々とルールがあるからな」
「へー、どんな?」
「結局、拘束をかけるわけ。他にとられないように」
「そういうところは、普通の就職活動と同じだね」
「でもおまえの場合は、あまり関係ねぇな。理系だから」
「理系?」
「そう、技官だから。技官で本格的に行政をやれる役所は限られてるからよぉ。だから、」
「あ、前、言っていた……」
「そう、科技庁」
「科学技術庁★1って、名前はみんな知ってるけど、どんな役所だっけ?」
「これを見ろよ」

Xは、科学技術庁のパンフレットを鞄から取り出した。それは私のところには送られてこなかったから、見るのは初めてだった。
宇宙開発、海洋開発、そして、原子力。当時は、チェルノブイリ原子力発電所の事故が起きてから数年しか経っていなかった。私は、そのことについてはっきりとした考えを持っていたわけではない。しかし、政治的に対立している問題だということくらいは、もちろん知っていた。そして何よりも、経済学者の伯父★2が、昔から、原子力発電はリスクが大きいからやめるべきだ、ということを公に主張していたことがひっかかった。心の中が、ざわっとした。

「原子力は結局……どうなんだろうね」
Xは少し考えてから、口を開いた。

「役人はさぁ、色々な仕事をするわけよ。毎年のように人事異動もある。他の役所に出向することもあれば、海外赴任も普通のことだ。まあ、原子力もやらされるだろうが、そればっかりってことは、ねえよ」
正直、私は釈然としなかった。とはいえ、そのことが気になって前に進めない、というほどのきまじめさは、持ち合わせていなかった。
「とにかく、科技庁にしとけよ。間違いねえから」

その後も、私たちは短い間に何度か「作戦会議」を開いたが、徐々に「若手官僚の政策放談」のような雰囲気になっていった。なにしろ彼はとても分析力が高く、日本が抱えるさまざまな問題点をかなり正確に把握していたからだ。対する私はただの理系の学生だったわけだが、元々政治や思想にも関心があったので、「現役若手官僚」と日本の未来をあれこれ語るのは、否定しようもなく、エキサイティングな時間だった★3。

回を重ねるごとに、明らかに私の心は変容していった――こういうの、すげえ面白いじゃん。こうして、役人になることが天職だと思い込んだ私は、慣れないスーツに身を包み、まっすぐに科技庁に向かった……わけではない。

本連載のこれまでのストーリーをちょっと思い出して欲しい。何しろ私は、まさにその頃、大学のラボでは、アルメニア人研究者のAさんとの研究に急速にのめり込んでいったのだから★4。

まったく、私は、本当は何がしたかったのだろう。自分のことなのだが、当時の気分がどうにも思い出せない。
ただ少なくとも、あの頃の私は、好奇心が服を着て歩いているような有様だったと思う。ゴムボールが、面白そうな方に向かって、ぴょんぴょんと転がっていくような。

というわけで、最初の「波乱」は、何度目かの作戦会議の後だったと思う。
それは一本の電話だった。(つづく)

Endnote:
1 1956年、科学技術庁設置法に基づき、総理府の外局として設置された中央官庁。日本の科学技術を総合的に調整・振興する役割を担っていた。いわゆる「ビッグサイエンス」を国策として推進したが、元々、総理府原子力局から発展したこともあり、特に日本の原子力政策を中心的に推し進めた官庁としても知られる。また、長年にわたる技官の地位向上運動も、その発足への力になったと言われる。しかし1995年に起こった高速増殖炉「もんじゅ」の事故の影響などもあり、橋本内閣の省庁再編では文部省と併合して「文部科学省」となり、この時に原子力関連の部局のほとんどは旧通産省系の官庁に移管された。

★2 神里公(かみさといさお、1933~1996)。元・東洋大学教授。専攻は環境経済学。エネルギーや資源の問題におけるエントロピー論に取り組み、異色の経済学者ジョージェスク=レーゲンの紹介者としても知られる。

★3 今考えると、この頃に私たちが議論していた内容は、その後やってくる平成時代の日本の数々の挫折を、ある意味で予見していたようにも思う。「そんなわけないだろう!」と思われるかもしれないが、案外、しがらみや偏見のない若造の目のほうが、問題の本質を捉えやすいということはあると思う。「王様は、はだかだ!」と叫んだのが、子供だったように。

★4 「科学家のテラス6」、「同7」、「同8」、「同9」、「同10」を参照のこと。

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